『unZIP』のための非圧縮レヴュー
高橋かしこ
核P-MODEL
unZIP

2025年10月29日発売
ケイオスユニオン(TESLAKITE)
CHTE-0090
01: Phase-0
02: パルテノン
03: ハルディンドーム
04: ヴェロニカ
05: PHASE-6
06: バイバイHalycon
07: 窓際の大惨事
08: 幻想鉄道
09: Timelineの始まり
10: モイポーリア
ジャケットが公式サイトに上がった時、いやな予感がした。
『IN A MODEL ROOM』を超える作品という宣言なのか。
デヴィッド・ボウイが『ザ・ネクスト・デイ』で『“ヒーローズ”』を超える意思を示したように。
ボウイは、成し遂げたとわたしは思うが、現在の平沢進に『IN A MODEL ROOM』を超える作品を作れる、作る意思があるとは思えなかった。
『IN A MODEL ROOM』は言うなれば発明だらけの作品である。
いまの彼にあのような「発明」は可能なのであろうか。
名前負けならぬジャケット負けする作品になるのではないかという危惧(大きなお世話)があったのである。
先行リリースされた「パルテノン」を聴くに、その不安は余計に深まった。
しかして、アルバムを聴くにその予感は外れていた。
そのような意図でのジャケット・デザインではなかったからである。
ここが新たなスタート地点と位置づけるジャケットだったのである。
総集篇的な意味合いはあるものの原点回帰的な要素はない。
過去の楽曲へのアンサー・ソング集という言い方もできるだろう。
各所で過去のフレイズを引用し、返歌を詠む。
「解凍P-MODEL」ならぬ「解凍核P-MODEL」とはこれいかに。
圧縮から展開へ。
パンドラの匣を開けた核P-MODELといったところか。
P-MODELのデビューからこれまで作品で扱ってきたコミュニケイションの不能、全き人格の回復といったテーマはすでに克服された、らしい。
人類は新しい地平へ踏み出し、新しい次元で蘇生した、らしい。
ハロー人類 である。
バイバイ Halycon である。
人間の「みじめ時代」が終わりを告げなければならない。
と書いたのは岩谷宏である(『ロックからの散弾銃』1980年)が、とうとう終わりを告げたらしい。
作品がそうした一種の「清々しさ」を放つ理由の一端は、第2次トランプ政権誕生を契機にして世界を覆っていた闇が晴れ、人類解放へと向かうから、らしい。
このご時世になってもなおその主張を貫けるのかは疑問だが、本人は沈黙を守っている。
まさか「ブッシュの戦争は悪い戦争、トランプの戦争はいい戦争」と言うわけにはいかないだろうから、せいぜいが「人類滅亡を食い止めるためにトランプは汚れ役を買って出ている」くらいではないかと想像する。
「存在しない疫病」とは言えても「存在しない戦争」とは言えないだろう。
いや、すべて架空の情報なのか。
それとも「イラク戦争に反対したのは間違い」とでも言うのだろうか。
残念ながらわたしは世界を動かしている裏の仕組みを知らないのでなんとも言えない。
「気候変動詐欺に騙されて」というひとことで、リスナーを巻き込んだあの一大イヴェントをなかったことにするくらいなので、20年後には「Qアノン詐欺に騙されて」くらい言ってるかもしれない。
(そのtweetは消してしまったようなので、そんなことは言ってないと言われればそれまでだが、2025年9月28日のことである)
どんな思想に感化されようと、作品作りへの動機が生まれればよい、という倫理を超えた作品至上主義者のわたしであるから、作品がよければかまわない。
かまわないというのは強がりで、困ってしまうのではあるが。
激動の世界情勢を背景に「平沢博士のPOP大発明その2」が生まれていればよい。
しかしながら「ちょっとした新しい試み」「いままでとは違った手口」がないわけではないが「発明」があるようには感じられなかった。
たとえ発明はなくとも「これぞ平沢進」という怒涛のクオリティで圧倒するのでもかまわない。
手癖というと言葉が悪いけれども、順列組み合わせできあがったように思える楽曲が並ぶ。
『BEACON II』というタイトルにしてもよいくらいと思うが、これは平沢ソロでなく核P-MODELである。
そもそもなぜに『unZIP』は核P-MODELだったのであろうか。
サウンド的には別名義にする意味はなにもない。
平沢進ソロやP-MODELに対して、核P-MODELは一種のサブブランド、言うなれば企画モノである。
TESLAKITE に対する KITE IN CLOUD のような「傘下」扱いなのである。
平沢進自身がオリジナル・アルバムとしてカウントしづらい作品だったからではないか。
さて、なんどか書いているように、これは作品がよくなかったわけではなく、わたしが作品に選ばれなかったのである。
平沢進ほど聴く者を選ぶミュージシャンはいない。
などと言いながら、ライヴは行く。
47年間観てきたドキュメンタリの一端である。
特に近年は、アルバムとライヴでは印象が変わる曲が多い。
そのような好転を期待したのである。
このアルバムもライヴで4回聴いてずいぶんと印象が変わった。
各曲覚書
01: Phase-0
「TOWN-0 PHASE-5」「Phase-7」「Astro-Ho! Phase-7」に続く「Phase」シリーズ。
「美術館で会った人だろ」のイントロダクションを拝借して曲は始まるが、さして直截的なつながりはない。
「オーロラ」しかり。
02: パルテノン
先行シングル(配信曲)にしては極めて「いつも通り」という印象であったが、ライヴにおいてはモジュラ・シンセサイザーをパフォームする素材となり、一変した。
なぜにパルテノン。
という以前に、なぜに「風の又三郎」なのか。
この組み合わせは斬新である。
にしても「努々」好きだな。
03: ハルディンドーム
平沢リスナーには言わずと知れた「20世紀+BOX」のタイトルであるが、ここへ持ってくるとやはり「総集篇感」「締め括り感」が漂う。
ちょっとしたギターが卑怯に秘孔を突く。
「キミの全てから世界が生まれた」という人類讃歌(オマエタチ讃歌)なのであるが。
ライヴでの「会人おどけ」が脳裏から離れず。
04: ヴェロニカ
なぜかたまにこうしたキリスト教的モティーフを使う。
なぜかではなくもちろん理由はあるのだろうが。
アルバム中もっとも「平沢ソロ」的なのか。
アルバムでどういう位置にあるのかわからなかった。
ライヴでもしかり。
わたしには相性が悪かったということであろう。
05: PHASE-6
再びの「Phase」シリーズ。
であるが、無理にも矢理と捻出したようなナンバー……に感じる。
ただ、ライヴでは身体を突き抜ける低音の振動が快感であった。
ところで頭だけ大文字の「Phase-0」に対してこの曲はなぜ全大文字なのだろうか。
06: バイバイHalycon
アルバム中もっともポップと言える。
言葉遊びも楽しい。
自然にあふれ出てきた感がある。
しかしながら「もうだいじょうぶ」と言いながらまったくダイジョブ感はない。
タービンは回らない。
07: 窓際の大惨事
M6からいい流れでつながる派手なナンバー。
このギターはどの曲かのどこかへとつながっているが思い出せない。
08: 幻想鉄道
「ハルディン・ホテル」へのアンサー・ソング。
ギターの音を聴くと安心するのはなぜだろう。
まあ、わたしは平沢進のギターが鳴っていればそれでいいんだ、きっと。
「非コード人のアコード」では、首からずっとギターをぶらさげている前半の流れがよかったのである。
09: Timelineの始まり
終わったり始まったり東奔西走する「Timeline」シリーズ、3曲め、か。
「ハルディンドーム」と呼応して、意図的にどこかで聴いたメロディが押し寄せる。
「BOAT」への返歌なのか?
やっぱりギターはいい。
10: モイポーリア
お得意の造語なのだろうが、楽曲自体も机上で練り上げた感がある。
なぜか閉塞感あるナンバーで終わる。
6曲くらいのミニ・アルバムにまとめたほうがよかったのではないか。
などと野暮なことは言うまい。
けっこう前から平沢進は説教や人生訓を語るのが好きになってしまった。
好きになったというより、それをわかりやすく言うべき立場と、自分を位置づけたのだろう。
言うなればこのアルバムは「平沢進の人生相談」なのだ。
さて、ここまで『婦人画報 2025年12月号』や『FILTER Volume.09』のインタヴューも読まずに書いてきたが、せっかく買ったことだし、これからゆっくり読んでみよう。
あとHi-Res『unZIP』も買わなきゃ。
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