西洋の科学と神秘主義、東洋思想のカオスから生まれた平沢流「錬金術」アルバム。
民族音楽からクラシックまでが昇華された黄金のサウンドが心に安らかに鳴り響く。
●前置き●
上に掲げたのは、アルバムのプレス・リリース用にわたしが3分で捏造したキャッチ・コピーである。
いいかげんかつ大仰なフレーズであるが、アルバムのブックレットを読んだところ、文章のセンスは別として、あながち的外れではなかったようで、胸を撫で下ろしている。
なお、写真は実物通りではない。実物のジャケットは特殊仕様になっており、通常のジャケット写真の上に、金色の模様がプリントされたトレーシング・ペーパ が重ねられている。ブックレットには「難関」と題された平沢の文章も掲載。アレンジなどを違えたMP3版はアルバム・リリース後に発表予定である。
●まだ平沢進がなにものかを知らないひとたちへ●
錬 金術とか魔術とか言うとなにやらおどろおどろしい響きがあるかもしれないが、音楽家の無から有を生じるという行いが“錬金術”“魔術”と譬えられるのは、 よくあることである。錬金術と魔術は同義ではないが、音楽の原初的な機能が祭りや祈りにあるのは確かであるし、もっとも簡単な魔術体験は音楽を聴くことだ ろう。音楽にはさまざまなジャンルがあるように見えるが、空間を埋め尽くすようなものは断じて音楽ではなく、空間を作り出すのが音楽である。
音楽家はそうした音楽の持つ魔術的な力(マジカル・パワーというと某ミュージシャンかクイズ番組のようだが)を信じて音楽を奏でるわけだし、かのロバー ト・フリップやジミー・ペイジのように、ほんとに神秘主義や魔術にのめりこんでしまったミュージシャンさえいる。
平沢進の音楽というのは、そのようなの意味において、ことさら“錬金術がテーマ”と言わずとも、最初から錬金術的だったと言える。
平沢進は憂える。音楽は今もなお、代替錬金術である——と。しかし、彼の音楽を聴く者は、そこに真の錬金術として音楽が存在することを知るだろう。
本作のブックレットに掲載された高野真による解説には以下のようにある。
「その(錬金術の)本質は、魂の浄化、精神の変容を目的とした哲学的実践である」
●すでに平沢進がなにものかを知っているひとたちへ●
そもそも、このアルバムの発端は、昨年12月に平沢進が、彼の企画するオリエンテイリング的謎解き旅行“万国点検隊”の下見のためにミャンマー(ビルマ)へ赴いたことにある。
そこで平沢は奇妙なものを発見する。仏教国だというのに、いたるところで見るからに中世ヨーロッパの服装をした錬金術師の像やレリーフがヒンズーの神々やミャンマーの精霊とともに祀られていたのだ。
錬金術の本で見た“マンドレイク”から、P-MODELの前身バンドを名付けた平沢であるからして、不可思議な錬金術師の像に興味のわかないわけがない。かくしてミャンマーの伝説をもとに“万国点検隊”のミャンマー篇である“平行郷錬金術大プロペラ団”のストーリイが形作られることになる。
半年後の2000年6月“平行郷錬金術大プロペラ団”はヤンゴン、バガン(パガン)へと旅立った。
その詳しい顛末はここでは触れないが、結果として、この旅行の参加者たちはニュー・アルバムの生成過程に立ち会ったに等しい体験をしたと言っても過言ではないだろう。
この旅の体験は明らかにアルバム・コンセプトへ反映され、旅先で採取した音がそこかしこに鏤められている。この旅に参加した60余名にだけ音楽の価値が増 大するわけではないが、余禄的な楽しみをもって聴くことができるはずだ。もっとも、旅に参加しなかった圧倒的大多数のほうが、へんな先入観なく聴くことが できて、むしろ幸いかもしれないが。
●元祖癒し系としての平沢進●
現在までの平沢進のソロ作品を勝手に概略してみよう。
☆初期3部作〜『時空の水』『サイエンスの幽霊』『ヴァーチュアル・ラビット』
☆過渡期〜『オーロラ』
☆タイ3部作〜『Sim City』『セイレーン』『救済の技法』
この流れでいくと今回の『賢者のプロペラ』は“第2過渡期”に位置するアルバムになるのではないか。
『オーロラ』とは違ってコンセプト・アルバムではあるが、これ1作で完結した作品であり、ここから“ミャンマー3部作”や“錬金術姉妹編”が始まるようには思えない。そして、なによりこの作品は『オーロラ』に通じる“癒し系”のアルバムなのである。
癒し系などという手垢のつきまくった表現をするのははばかられるが、そうなんだから仕方ない。かつて平沢の音楽を“全き人格へ向けての自己セラピー”と表 現したのはわたしだが、思えば平沢進という人は「魂のふる里」をもちだすまでもなく、ノイズ・プロジェクト“旬”をもちだすまでもなく、α波誘導アルバム 『アナザー・ゲーム』をもちだすまでもなく、ずーっと“癒しの人”であった。
しかも、今回のサウンド・コンセプトは“テッテーテキにスルドク地味に生成しきる”というもので、意図的にメロディの起伏が抑えられている節がある。聴く者の心がおだやかにならぬわけがない。
しかしながら、耳を澄ませば意外と音数が多いし、新機軸とも言えるメロディ・ラインがそこかしこに現れる。聴きようによっては、かつてないほど“派手できらびやかな”サウンドでもある。
全体に『新日本紀行』とか『日本史探訪』といった番組のテーマに似合いそうな、冨田勲ワールドを想起させるフレーズが盛り込まれているように聞こえるが、 それはクラシック的オーケストレイションや現代音楽の音響が応用されているからだろう。さらには、インド歌謡のような畸形的ポップ・ミュージックのエッセ ンスも垣間見られる。わたしには、ワグナーやドビュッシー、アジアの民謡やポップスに言及する力量はないが、そうした視点から平沢の音楽を聴いても面白い とは思う。
●各曲堪能●
[01]賢者のプロペラ
ゆったりとした調べとティンパニの重厚な響きで幕を開けるタイトル・チューン。平沢流ファルセットが脳髄に木霊する。
コリア、ロシア、ザンビア、インディア、そしてテラ。地球上に遍く存在する賢者の眼差し。偏在するキミは賢者の遍在に気づかなくてはならない。量子論的宗教解釈がうかがえるナンバとも言るか。
一方、賢者を捜し出し、プロペラを黄金に変え、賢者の頭上で黄金のプロペラを回すこと——が、万国点検隊“平行郷錬金術大プロペラ団”の目的のひとつで あった。旅のプロットがそのまま反映された曲だともいえる。しかし“回転翼”といって参加者が思い出すのはきっと、竹とんぼであり、ロタティオナイザーで あり、それをかぶった某氏であろう。ああ、不幸なり。
[02]ルベド(赤化)
ハープのきらびやかな音に被さる浪々とした平沢ヴォイス、アジアン民謡のループ。
「金属変成作業は、黒化->白化->赤化の3工程を基本として行われた。また、金属が変化していく作業の工程は、同時に錬金術師の精神が浄化していく過程でもある」と高野真の解説にはある。
バガンの夜の赤いセロファンと懐中電灯を思い出してはいけない。
[03]ニグレド(黒化)
泣ける。おお泣ける。平沢リスナにとっては体中のツボを刺戟されまくる曲であることは間違いない。アルバム生成の最初のころ(2曲目)にできあがっていた曲で、平沢としても自然にわきあがった曲かもしれない。
夜はなぜ「底なしに」来るのか。しかも「轟音のマシン」の上に。そのような平易な言葉、シンプルなサウンドで、なぜにかくも異端な表現ができるのか。
くどいようだが、バガンの広場までバスから走っていったこととか、身の丈ほどもあるベニヤ板のプロペラに火をつけたことを思い出してはいけない。
[04]アルベド(白化)
ピアノ曲にでもなりそうなインストゥルメンタル。本作がアナログ盤のような構成になっていると仮定するなら、この曲はさしずめA面ラストか。
バガンのパゴダ(仏舎利塔)や寺院では、数人の僧侶がコーラスのような読経をしていた。あそこに漂っていた荘厳かつ美しい空気が蘇えってくるかのように感じられる…というのは記憶の美化で、実のところは蝙蝠の糞があったりして。
[05]円積法
変 態的な平沢のヨーデル調コーラスでB面(?)スタート。“円積法”とは「男性原理と女性原理の統合」に通じるらしいので、ぴったりのタイトリングと言えよ う。メロディ・ラインにも『サイエンスの幽霊』あたりを彷彿とさせる変態性が顕著。気持ち悪くも心地いい世界である。
[06]課題が見出される庭園
一般 に楽曲の制作過程においては(いわゆる“曲先”であった場合)正式な歌詞ができる前に“仮歌”と呼ばれるでたらめな歌(スキャットみたいなのとか)が乗っ ていることがある。それは完成品とはメロディも違っていて別な曲のように聞こえることすらある。特に平沢進の仮歌ヴァージョンは、独特の味があって、非常 にスタッフの評判がよろしい。で、どんな感じかというと、こんな感じなのである。どうやらここには「ロタティオン」の仮歌が混入しているようだ。雷鳴や雨 音はバガンで蒐集した音かもしれない。また『アナザー・ゲーム』のラスト「AWAKENING SLEEP」のサウンドがリサイクルされているように聞こえる。
[07]達人の山
「愛」と「怪力」の喰い合わせはいかが。アルバムのなかで唯一、ギターが使われたナンバ。ギター・ソロは2種生成されたが、MP3版には、よりトリッキーなフレーズが採用された。
これを聴いて平沢をスカウトに来ないドキュメンタリ番組のプロデューサやディレクタはきっと海馬に損傷を被っているか前頭葉が欠けているのではないかと思われる。音楽とナレイション、両方いけると思うのだがいかがか。
[08]作業(愚者の薔薇園)
と りたてて変わったことをやっているわけではないのだが、今までの平沢にあったようでなかった曲。装飾音として民謡、ハープなどが使われつつも、まるで意に 介さないように平沢のヴォーカルがゆっくりと突き抜ける。紳士の顔をした変人のような…それはまさに平沢の印象そのものだ。
[09]ロタティオン(LOTUS-2)
映 画のエンディング・テーマに似合いそうな、本作において頭抜けてハデなナンバ。最初にできた曲だが、最終的に「置き場所に困った」曲らしい。とはいえ、作 品の中核を成す曲であることは間違いないだろう。過去から未来へと数千年の時を紡ぐ勇壮なサウンドは、サブタイトル通り『Sim City』収録の「Lotus」の続篇を想定して作られた。
「錬金作業の最終工程」を指すロタティオンは「最初の工程へと回帰し、発展的円環すなわち螺旋をなす」という。点検隊およびアルバムのシンボル・マークとして無限大印(=プロペラ)が使われたのもそのためである。
ロタティオンの成功によって、抹殺された精霊は目覚め、すべてのキミの名は石碑に記された。
[10]賢者のプロペラ-2
巨 大なプロペラの回転音がうなるアルバムのエンディング・ナンバ。まさに“余韻”を残すリプライズ。イントロに使われているのは、万国点検隊の最終イヴェン ト——“隊員によって修復されセラミックの煉瓦が埋め込まれたパゴダ”の法要の儀において本物の僧侶4人によって読まれた経である。儀式が始まって間もな く、天は俄にかき曇り、幸福の豪雨をもたらした。そして、儀式の終了とともに再び晴れ渡ったのであった。
<高橋かしこ 2000.9.26/9.28改訂>
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