『BEACON』への望まれざるライナーノーツ
高橋かしこ

平沢進
BEACON

2021年7月28日発売
ケイオスユニオン(TESLAKITE)
CHTE-0085
https://www.susumuhirasawa.online/beacon

収録曲
01: BEACON 
02: 論理的同人の認知的別世界 / The Cognitive Another World of the Logical Coterie
03: 消えるTOPIA / Disappearing TOPIA
04: 転倒する男 / The Man Who Falls Down
05: 燃える花の隊列 / Ranks of Burning Flowers
06: LANDING
07: COLD SONG
08: 幽霊列車 / Ghost Train
09: TIMELINEの終わり / The End of TIMELINE
10: ZCONITE
11: 記憶のBEACON / BEACON of Memory

平沢進 14th ALBUM BEACON ダイジェスト・ムービー

平沢進の新作を聴くのが、実は恐かった。
できれば聴きたくなかったと言ってもいい。
次こそはきっともうダメかもしれない、と思っていたからだ。
これは平沢進がダメになるという意味ではなく、平沢進を聴く自分が終わるという意味で。
だが、その予感は見事に裏切られた。
お約束の展開と言わないように。
 
『現象の花の秘密』『ホログラムを登る男』そして核P-MODEL名義の『回=回』といった2010年代の作品が、自分にはどうにもダメだったのである。
平沢進を受容する自分のなかの音楽細胞がどんどん減少していっているのではないか。
そう思えてならなかった。
このあたりのことは『音のみぞ3号』で詳しく書いた。
ただ、これは単に受け手の問題とは言えない部分もあり、2010年代の作品は音作りのクオリティは上がったものの、発明と呼ぶべき新作ではなかったとは思う。
その代わりにリスナーは倍増したようだが、皮肉な言い方をするならば、時代に追いつかれた10年とも言える。
ソロ名義のオリジナル・アルバムとしては6年ぶり、核P-MODEL『回=回』からでも3年ぶりである。
行き詰まり感が本人としてもあったのではないか。
『回=回』はなんであのタイミングで核P-MODEL名義の作品を出したかよくわからなかったのだが、ソロ名義のオリジナル・アルバムにカウントしたくなかったのだと思う。あくまで番外篇にしたかったのではではないか。
その活路を見いだす突破口(Fracture)として活発な、バンド的展開を見せるライヴ活動があった。
 
そしてもう1点。
これに触れなければ逃げているように思われるので(いや逃げてもいいんだけど)書いておく。
新規リスナーを混沌へ落とし込み、既存のリスナー(の一部)を離反させた、平沢進のいわゆる世間一般で言うところの陰謀論的言説、態度である。
いま見えている現実とは別のもうひとつの現実があるという世界観(ひとは時にそれを陰謀論とかオカルトと呼ぶ)で平沢進が音楽を作っていることは既存リスナーなら誰でも知っている。これ自体は驚くに値しない。
ただ、違和感を拭えないのは、本人は否定するかもしれないが「無知蒙昧な愚民に正しい世界の真実を教えてあげよう」という態度が見え隠れ(いや見え見え)することである。
以前であれば世界観に「正しい」「誤り」という基準を持ち込むことは(思っていたとしても)なかったのではないか。
しかも、なんだかよくわからないマイナーで独自な世界観であれば「ああ、平沢進だな」という気がするけれども、それがQとかだとあまりにメジャーであまりに陳腐(Winに対するMacみたいな)である。
 
わたし自身は「懐疑的不可知的陰謀論者」ではある。
この世界は、見えない裏があって動いているんだろうな、くらいには思っている。
ケネディ暗殺にしろ911にしろ裏はあるんだろう。戦争ビジネスはもちろんワクチンに代表される製薬医療ビジネスだって怪しいもんだ。
しかし、そうした「裏」があるとして、ちょっとネットで検索したくらいでたどり着くような簡単なものではないだろう。そこにはなんの証拠もない。証拠を残すはずがない。インターネットで世界を支配する真実なんてわかるわけがない。
リアル・ワールドもしくはサイバー・ワールドでの命がけの取材(ハック)でもなければ、そうそう真実のかけらすら見えないだろう。インターネットで拾えるものなんてせいぜい、ボロを見せた痕跡程度だろう。
『マトリックス』だって、最後のハッピイ・エンディングが実は「見せられていた世界」だったという解釈も可能だ。そういう意味で世界がリアルかフェイクかなんて認識不能である。自分がどのリアルを選択するかですかない。
 
平沢進は「こっちの世界観が正しい」と振り切った、ように見える。
「ヴェジタリアンは正しい」と言い切ったのと同様に。
ところが、その振り切りは、こと音楽においては、よい結果を招いたようだ。
よきにつけ悪しきつけこのアルバムには「やむにやまれぬ」強い動機がある。
911からイラク戦争への流れが『BLUE LIMBO』を生んだように、平沢進が「ゲーム・チェンジ前夜」と呼ぶ世界が、新作を生んだのは間違いない。
アルバムで描かれるのはディストピアならぬ、平沢進が案内する楽園(ニュー・ワールド)への入口である。
毒を吸って清気を吐き出す。
 
2021年4月28・29日と大阪で行われたライヴ24曼荼羅(不死MANDALA)でも美術に取り入れられていたが、ジャケットには『救済の技法』赤バンドエイドへのオマージュらしき青バンドエイドがある。
もっとも、アルバムからわたしが受け取ったメッセージは「救済の技法」ならぬ「救済のない技法」である。
わざとこれまでの作品で使い尽くした語彙を使用して「これだけ言ってもまだわからんのか」とでも突き放しているかのようである。
 
サウンドとしては初期ソロ元型3部作(特に『サイエンスの幽霊』あたり)と核P-MODELの出会い。
『現象の花の秘密』『ホログラムを登る男』に比してストリングスやホーンが減り、シンセサイザーやギターの比率が高まっている。
「発明」はないにしろ、既存の抽斗から引っぱりだした「やり口」の「なかった組み合わせ」の連続。随所で「新発見」に意表を突かれる。
 

BEACON 

平沢作品には珍しいテカテカのグロスPP


以下、ライナーノーツ的各曲雑感。
  
01: BEACON 
オープニングになるべくして生まれた曲(実際はどうか知らない)。
「アディオス」ぽっくもあるが、切り刻まれたギターはやはり「BLUE LIMBO II」だろう。
「ヒト科」と言えば「救済の技法」であり、自由へ誘う歌、解放の歌。
そして「ヒト科」「(雨が打つ)枷」と言えば「HUMAN-LE」であり『回=回』エンディングからの続きと言える。
「名もなき子」は「高貴の城」の「地の果ての子」かもしれない。
「ヒト科=DUSToid」という解釈も成り立つ。
 
02: 論理的同人の認知的別世界
裏タイトル・ソング。
「何人吊るす?」「前夜ですから」
サウンド的には最近の核P-MODELでありながら、ギターのフレイズは「仕事場はタブー II」であり、語りは「コヨーテ II」と言えるかもしれない。いや、やはり「夢みる機械 II」か。なんでも「II」って言やいいってもんじゃない。
が、ここにはそうした曲での物語性(虚構性)はあまり感じられない。
むしろ「物語」の否定とも取れ、どうしても現実と地続きに感じてしまう。
「もう大丈夫ですよ 安寧の人」がキツい。
アウトロダクションはたしかにフルヘッヘンド。
あ〜あ〜♪ ってコーラスが不思議とビートルズっぽい。
 
03: 消えるTOPIA
「続・ホログラムを登る男」もしくは「テクノの娘 II」
いつもながら譜割りがおかしい韻踏み遊び。
ストリングスとギターとノイズの嵐。
巻舌の「ラチェット」がいい。
 
04: 転倒する男
男シリーズ第5弾。
ホーンは「MURAMASA」的であり、からむギターは「幽霊飛行機」の組み直しとも言える。
にしても「鉄塔からジュラ紀の花降る宵の星」なんてやはり平沢にしか書けない詞。
「立てGO! わっはー」とは新鮮な語彙。まあ「GO」はたびたび使うけど。
「見よ」は「トビラ島」からの引用だろう。
 
05: 燃える花の隊列
ボサ・ノヴァかという爪弾くギターのイントロダクションから新機軸の予測がつかない曲展開。
促音便の頭韻(というより子音韻か)で遊びまくり、サウンド的な仕掛けが多い。
ギターのフレイズも「アモール・バッファー」から「時空の水」まで多彩。
「千年」「咲く(花の)野辺」といえば「ロタティオン」か。
そして、ウェルカム。ぜひ生ドラムで聴きたい。
 
06: LANDING
「LANDING」は平沢進のここ最近のキイワードであるが、そういえば『点呼する惑星』も「Hard Landing」から始まったのであった。
本作では珍しくストリングスが美しくナンバーだが、ジンタのようであり、インド歌謡のようであり、マリンバが踊る。かと思えば唐突なファルセット。
「有り得ぬ」と言われたのはこれでなんど目か。

07: COLD SONG
プログレッシヴ・ロック。
10分くらい長くしていただきたい。
この曲をいまなぜ平沢進がカヴァーしようと思ったかわからない。
スネークマンショーが「Cold Song」を使った当時、まだクラウス・ノミの日本盤は出ておらず、わたしももちろん『急いで口で吸え』で知った。どうしてもクラウス・ノミはオシャレなピテカン人種の象徴であり「正義と真実〜Cold Song〜坂と桃内のごきげんいかがワン・ツゥ・スリー 」はひとつながりで記憶されている。
ただ、それは極北の高校生だったからであって、輸入盤がふつうに手に入った東京の事情はまた違うだろう。平沢進はどのタイミングでこの曲を知ったのだろうか。

08: 幽霊列車
幽霊シリーズ第3弾。Ghostを加えると第6弾?
ア・カペラ気味に入るヴォーカルとムード歌謡気味のギターにワルツ気味のリズム。
ちょっとスパークスっぽいかつてないメロディ。
平沢進にとっての「現実」と対立する「物語」「ストーリー」すなわち虚構的現実はアルバムのキイワードのようだ。

09: TIMELINEの終わり
TIMELINEシリーズ第2弾。
新規リスナー向けサービスとも言える祭囃子。
「終わり」「フィナーレ」と対峙させる「永遠」「エンドレス」の配置。
「生まれてくるキミの日」は「キミの始まりの日へ」(オーロラ)に通じる。
別のタイムラインへ乗り換えた先の世界。

10: ZCONITE
インストゥルメンタルとなっており歌詞は掲載されいないが、歌はある。
アンコールのためのインターミッション。
読みは「ジーコナイト」でよいのだろうか。
 
11: 記憶のBEACON
嫌がらせにように「もう大丈夫ですよ 安寧の人」がリプライズ。
「記憶のBEACON」のヴァージョン違いをもってくるのかと思ったら、違った。
颯爽と「LAYER-GREEN」な疾風が吹く。
「あんたこんなん好きでしょ」と笑われた気分。
「BEACON」はすでに記憶のなかの過去となり、新しい世界へと突き抜ける。
 
ここから「ネオ・ディストピア3部作(消えるTOPIA3部作)」が始まって、10年で3枚出したりしたらすごい。
ポール・マッカートニーを見てるとヴェジタリアンなら80歳までいけそうな気もする。

BEACON2

ビーコンの一種と知らず、なぜ灯台と思った。わたしもやっぱり『鉄腕』で知ったクチだ。我こそはBeacon也ということか。Beacon Of Freedom からきているのかもしれないが。